「ゴスロリ卓球」(著:蒼山サグ)のネタバレ無&ネタバレ有 感想、競馬元ネタ解説など

まずはネタバレなしレビュー

蒼山サグ先生、またどうしてこのタイミングで新シリーズを書いたんだ……? という発売前の疑問は読んだら吹っ飛んだ。「ゴスロリ卓球」は、本作が蒼山サグ先生のマスターピースとなりそうな「ワクワク感」が津波のように押し寄せる作品だった。

これまでの蒼山サグ作品に登場してきたものとは毛色が違う、人間としての尊厳を賭けたギリギリのヒリつく勝負が描かれている。そのベースとなる部分は、おそらくサグ先生が競馬専門チャンネルの番組に出演する程に造詣が深い競馬。掛け金は天井知らず、勝負は一瞬。自らの信じる「駒」にすべてをBetし、願い、信じ、祈る……自らがプレイヤーではなく、勝利へと導く者が主人公という点では「ロウきゅーぶ!」や「天使の3P!」などの流れを汲んでいるが、舞台設定や描かれ方・世界観はかなり異質と言える。

正直な話、この重苦しくて「賭博」という対象年齢が高そうなテーマを、なぜ電撃文庫にぶつけてきたのかという部分はある。しかし、読んでみたらわかった。このシリーズこそがサグ先生の真髄であり、これこそを電撃文庫ならびに「ライトノベル」のファンに読んで欲しい、作家人生の集大成になるような作品として打ち出していきたい、そういう「筆の走り」を感じる作品だった。全編がノリノリであり、1つの物語として完結し、そして「次の物語が早く読みたい」ああ、この舞台・キャラがどう次のステージで輝きを放つのか――電撃文庫で続きが出ないのであればクラウドファンディングに寄付をしてでも読みたい、そういうシリーズのプレリュードであった。


ゴスロリ卓球 (電撃文庫)

ゴスロリ卓球 (電撃文庫)


以下、ネタバレ有り感想・細かい競馬ネタ考察。

ここからネタバレ有り

まず、冒頭から「バカ高い競走馬(サラブレッド)を積んだ馬運車には気をつけろ」という内容でスタートする。そう、競馬ジャンルの作品だからだ。ちなみにサラブレッドとは競走馬の品種のことで*1、「政界のサラブレッド」という慣用表現にもあるように血筋の良い人にも使われる。本作ヒロイン羽麗も父親が卓球バカなので、卓球においてはサラブレッドとも言える。

→参考 サラブレッドとは(JRA)

サラブレッドと馬主の関係」(P39)

競走馬は、場合によっては億単位の金額でオーナー(馬主)に買われる。日本でのサラブレッドの競売(オークション)における最高金額は、2018年現在6億円(税別)である。

→参考 2018年のセレクトセール1日目のレポート。1日で総額約100億円弱の取引が行われている

「『公正』というものをアピールしておかないと外野の客がうるさい」(P69)

このあたりの「イカサマや八百長を行わせないために」のくだりは、調整ルームという施設にレース前日から騎手が入って外部との連絡を完全にシャットアウトする必要がある、という日本の競馬で採用されている制度を模したものと考えられる。
「公正確保」のために調整ルームでは電話・インターネットも禁止されていて、ルールの適用は厳格。調整ルーム入りしているはずの騎手がツイッターリツイートを行っただけで、トップジョッキーですら約1ヶ月の騎乗停止処分を受けることもある。それほどギャンブルにおいては公正を確保し、参加者間での不信を生まないことが重要なのである。

→参考 調整ルーム(JRA競馬用語辞典)
→参考 ファンがっかり…ルメール、ツイッターで騎乗停止(サンケイスポーツ)

横川梓のオーナー・佐々木(P72)

競走馬のオーナーで佐々木といえば、もちろん元プロ野球選手の佐々木主浩。「大魔神」の異名でストッパーを務め1998年横浜ベイスターズ優勝の立役者となり、メジャーリーグでも活躍した。競走馬のオーナーとしてもヴィルシーナヴィブロスシュヴァルグランと3頭のG1勝ち馬を所有した。
佐々木オーナー(本作)が少数精鋭で選手を所有するというのも、頭数を多く所有しない佐々木主浩由来であることがうかがえる。
「横川」は所属していた「横浜」のもじりか。「梓」もなんとなく佐々木主浩の「木主」に似ている気がするし、柱じゃマズイので似ている字の梓にしたような気がする。(ここは気がするだけ)
*2

→参考 佐々木主浩 - Wikipedia

メイドカフェ「カテドラル」(P104)

蒼山サグ先生が入会している、競走馬に多人数で出資して共同で権利を所有する「一口馬主」というものがあり、その中での出資馬「カテドラル」に由来するものと思われる。
作中に登場する競走馬が由来となる組織(グループ)といえば、「天使の3P!」ではリヤンドファミユやサオノワが作中に登場しているが、リヤンドファミユ三冠馬の弟でG1を勝てると言われた程の馬、サオノワはフランスでダービーと位置づけられているレースを勝った馬といずれも有名な馬であった。ところが、このカテドラルという名前の馬は本作発売時点でまだ1戦して1勝、そのデビュー戦を勝ったのも発売の2ヶ月前であり、G1レースには出るのもまだまだ先。そんな馬の名前をヒロインが働くメイドカフェの名前に採用してしまうなど、サグ先生の期待の程がうかがえる。


→参考 カテドラル(キャロットクラブ)

「競馬で言うところの万馬券」(P116)

競馬の馬券発売は基本的に100円単位で、100円買った馬券が1万円以上になることから倍率が100倍以上の配当金が出た・的中した場合は「万馬券」と言う。
ちなみに「帯で封がされた札束」というのも競馬にちなんだ表現で、競馬場などで100万円以上の払い戻しを受ける場合は窓口で100万円ごとに「帯で封がされた札束」を受け取ることになり、ファンの間ではこの「帯封」を手に入れること、転じて100万円以上の払い戻しを受けるような大儲けをすることが夢とされている。


以下ネタバレ有り感想

冒頭のネタバレなしの部分では堅苦しく書いたけれど、本当にこれでしょ、これが書きたかったんでしょう感が溢れるノリノリの筆致、そんでもってスタートからゴールまでとにかくヒリつく勝負と「プレイヤーの運用」が主眼のストーリーが面白くて仕方がない。テーマとして「賭博」というワードが前面に出ている本作なんだけれど、確かに世界観はベース部分は競馬を模した卓球の勝負システムにオリジナルのライブベッティングを乗せたものなんだけれど、物語や主人公の立ち位置は博徒・ギャンブラーというよりは競馬でいうレーシングマネージャーに近いもので、プレイヤーに近い立ち位置で「勝負の世界」に浸かってリスクも同様に引き受けている、ということになっている。
これ!これ! この「一緒に勝負の世界で人間の尊厳を賭けて生きたい」という情熱が、コミカルな部分を出しながら徐々に後戻りできない深みへ身をやつしていく主人公へと伝播していく画は胸が熱くなるばかりであり、さすがとしか言いようがない。
「奈落」で修と羽麗を待ち受けるものとは何か、続刊を読みたい。
そして―― こんなの読んだら「ぼくの考えたさいきょうのゴスロリ卓球」のアイデアが溢れ出てくるに決まってるでしょー! もう! というのは主張しておきたい、置いておきたい。
卓球を博打として面白くするためのアイデア、ポイントの傾斜がある状態からのスタートや手足に重りをつけて不利にした状態でのプレーをさせるハンデ戦はもちろん、ベッティングエクスチェンジなどのライブベッティングのシステムを更に盛り込んで「賭ける側のプレイヤー」を魅力的に描いたり、NFLなどアメスポから指標を活かす面白さみたいなものも描けるし、卓球自体ももっともっと魅力があるはず。大金が動くのであれば、選手の育成段階から資産をつぎ込んでいるオーナーがいてもいい。良い選手を見極める所有選手見学ツアー(仮)やオークションがあってもいい。イカサマ・八百長や賭ける側の話も絶対に面白い。ポイントを奪われると電流が流れたり、血を抜かれたり、ゴスロリ鉄骨渡りしたり……、闇の側(鼻と顎が尖ってそう)のシーンも楽しそう。
奈落ではどんなルールなのか? トレーダーとプレイヤーだけじゃなくて、才能を伸ばす役割のトレーニング担当はつかないの? などなど、ああ、こうやってみんな「ぼくの考えた最高の異世界」みたいなのを考えて楽しんでいるんだなぁ……。衣装デザインももっと"Angelic Pretty"っぽいのが見たいし、衣装デザイナー起用してカッコイイの描いて……みたく、最強のゴスロリ卓球妄想は尽きない。
小学生は最高だったが、ゴスロリ卓球はビジネスだ……! 笹島康助! 俺もゴスロリ卓球やりたいぞ!(※選手として、ではない)

*1:厳密には「品種」ではないのだが

*2:同様に梓のトレーダーになる前田も、ノースヒルズ前田幸治代表が由来かもしれない